2026・1・4 主日礼拝メッセージ 「三日目 ティクヴァ(希望)の成就」前編 第三日に集められる神の民
「水よ、集まれ」 「יִקָּווּ הַמַּיִם」(イッカヴー・ハマイム) このקָוָה(カヴァ)という動詞には、二つの基本的意味があります
- 集める、集合させる(創世記1:9)
- 待ち望む、希望する(詩篇25:3、イザヤ40:31)
イスラエル国歌「הַתִּקְוָה」(ハティクヴァ)は「希望」と言う意味で同じ語根です。
創世記1章9節 「וַיֹּאמֶר אֱלֹהִים יִקָּווּ הַמַּיִם מִתַּחַת הַשָּׁמַיִם אֶל־מָקוֹם אֶחָד וְתֵרָאֶה הַיַּבָּשָׁה וַיְהִי־כֵן」 「神は仰せられた。『天の下の水は一つの所に集まれ。乾いた所が現れよ。』すると、そのようになった」
チャレンジ①イスラエル🇮🇱の国家は何でしょょう。意味は何ですか。 イスラエル国歌は「הַתִּקְוָה」(ハティクヴァ)は「希望」と言います。
- יִקָּווּ(イッカヴー)語根カヴァקוה「集まれ/望み」 詩篇25:3:「あなたを待ち望む者(קוֹיֶךָ)はみな、恥を見ることがありません」 イザヤ40:31:「主を待ち望む者(קוֹיֵ יְהוָה)は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる」 水が「集まる」ことと、民が「望む」ことが、同じ語根で結ばれています。
- מִתַּחַת הַשָּׁמַיִם(ミタハット・ハシャマイム)「天の下」の「水」(ハマイーム) הַמַּיִם 申命記2:25「きょうから、わたしは天の下のすべての国の民(הָעַמִּים תַּחַת כָּל־הַשָּׁמָיִם)に…」 「天の下」とは、全世界、あらゆる国々のことです。「水」とは、全世界に散らされたイスラエルの民のことです。
- אֶל־מָקוֹם אֶחָד(エル・マコーム・エハッド)「一つの所へ」 מָקוֹם(マコーム)は「一つの所」唯一の神が選ばれた場所、神の臨在の場所を表します。すなわち「エルサレム神殿」のことです。 אֶחָד(エハッド)申命記6:4のシェマ:「主は一つである(יְהוָה אֶחָד)」 歴史的に、ただ一つの、唯一の神の神殿である、エルサレムに「集まる」ことは、イスラエルの「望み」でした。ですから「集まる」ことと「望み」が同じ単語なのです。
創世記1章10節 「וַיִּקְרָא אֱלֹהִים לַיַּבָּשָׁה אֶרֶץ וּלְמִקְוֵה הַמַּיִם קָרָא יַמִּים」 神は乾いた所を地と名づけ、水の集まった所を海と名づけられた。
- לַיַּבָּשָׁה אֶרֶץ(ヤバシュ エレツ)「乾いた地」
あなたは、あなたの杖を上げ、あなたの手を海の上に伸ばし、海を分けなさい。そうすれば、イスラエルの子らは海の真ん中の乾いた地面を行くことができる。 出エジプト記 14章16節
あなたがたは子どもたちに『イスラエルは乾いた地面の上を歩いて、このヨルダン川を渡ったのだ』と知らせなさい。 ヨシュア記 4章22節
モーセはこの לַיַּבָּשָׁה אֶרֶץ(ヤバシュ エレツ)「乾いた地」を渡って出エジプトし、ヨシュアも לַיַּבָּשָׁה אֶרֶץ(ヤバシュ エレツ)「乾いた地」を渡りカナンの地に入りました。 לַיַּבָּשָׁה אֶרֶץ(ヤバシュ エレツ)「乾いた地」は「カナン」への道を表すことばです。ノアも40日の洪水審判の後、 לַיַּבָּשָׁה אֶרֶץ(ヤバシュ エレツ)「乾いた地」に立ちました。これは「エルサレム」を表すことばであり、同時に「御国」「新しいエルサレム」を表すことばでもあります。
- מִקְוֵה הַמַּיִם(ミクヴェ・ハマイム)とיַמִּים(ヤミーム)海 ユダヤ教で、ミクヴェמִקְוֵהは、きよめのための儀式のための水の集まりを意味します。全世界に散らされた「水」הַמַּיִםである、イスラエルが、ミクヴェמִקְוֵהする、きよめられ、集められる。それが「海」יַמִּיםとなります。
地は単数形(אֶרֶץ)、海は複数形(יַמִּים) 海(複数形)は散らされたイスラエルの諸部族であり、地(単数形)はエルサレムに統一された神の民イスラエルを表すと考えられます。 しかし「水」は、黙示録では「汚れ」を意味しています。
また、御使いは私に言った。「あなたが見た水、淫婦が座しているところは、もろもろの民族、群衆、国民、言語です。 ヨハネの黙示録 17章15節
最終的に、新しい天と新しい地が来ると、この水である「海」はなくなります。
また私は、新しい天と新しい地を見た。以前の天と以前の地は過ぎ去り、もはや海もない。 ヨハネの黙示録 21章1節
チャレンジ②モーセとイスラエルの民はは海を割って、乾いた地を渡りました。ヨシュアたちも、ヨルダン川を割って、乾いた地を渡りました。乾いた地を渡るとはどう言う意味でしょう。絵に描いてください。 乾いた地を渡るとは、天の御国に入ると言うことです。
イスラエルの離散と回復の預言 A. 離散の預言「海」への散布 申命記28:64 「主は、地の果てから果てまで、すべての国々の民の間にあなたを散らされる(וֶהֱפִיצְךָ יְהוָה בְּכָל־הָעַמִּים מִקְצֵה הָאָרֶץ וְעַד־קְצֵה הָאָרֶץ)」
レビ記26:33 「わたしはあなたがたを諸国の民の間に散らし(וְאֶתְכֶם אֱזָרֶה בַגּוֹיִם)」 とあるように、紀元70年の神殿破壊以降、約1900年間、ユダヤ民族は「天の下」全体に散らされて来ました。
回復の預言「一つの所」への集合
- エゼキエル書36:24-28 「わたしはあなたがたを諸国の間から連れ出し、すべての地から集め(וְקִבַּצְתִּי אֶתְכֶם מִכָּל־הָאֲרָצוֹת)、あなたがたの地に連れて行く(וְהֵבֵאתִי אֶתְכֶם אֶל־אַדְמַתְכֶם)。そして、きよい水(מַיִם טְהוֹרִים)をあなたがたの上に振りかける。あなたがたはすべての汚れからきよめられる。わたしはあなたがたに新しい心を与え、あなたがたのうちに新しい霊を授ける」
מִכָּל־הָאֲרָצוֹת(すべての地から)創世記1:9の「天の下」のことです。 קִבַּץ(キベッツ、集める)「יִקָּווּ」(イッカヴー、集まれ)ことです。 אֶל־אַדְמַתְכֶם(あなたがたの土地へ)「一つの所」エルサレムのことです。 マイーム・タホリームמַיִם טְהוֹרִים「きよい水」離散してバビロンの影響を受け汚染された「海」からのきよめが行われるのです。 創世記1:9と同じパターンです 全世界に散らされたイスラエルがエルサレムに集められ、聖霊によるきよめを受けることの預言です。
- イザヤ書11:11-12 「主は国々に向かって旗を揚げ、イスラエルの散らされた者たちを取り集め(וְאָסַף נִדְחֵי יִשְׂרָאֵל)、ユダの追い散らされた者たちを地の四隅から集められる(וּנְפֻצוֹת יְהוּדָה יְקַבֵּץ מֵאַרְבַּע כַּנְפוֹת הָאָרֶץ)」 「地の四隅」北、南、東、西「天の下」の全世界から世界規模で起きます。
- イザヤ書43:5-6 「恐れるな。わたしがあなたとともにいるからだ。 わたしは東から、あなたの子孫を来させ、西から、あなたを集める。 北に向かっては『引き渡せ』と言い、南に向かっては『引き止めるな』と言う」 神ご自身が東西南北すべての方角に命令を発し、ご自分の民を集められます。
「ハティクヴァ」הַתִּקְוָה(望み)2000年の待望 離散の2000年間、ユダヤ民族は希望を失いませんでした。 毎年の過越祭の最後 「לְשָׁנָה הַבָּאָה בִּירוּשָׁלַיִם」 (来年はエルサレムで)と誓い時を過ごして来たのです。
19世紀、この希望を歌にしました 「הַתִּקְוָה」(ハティクヴァ、The Hope) 「עוֹד לֹא אָבְדָה תִּקְוָתֵנוּ, הַתִּקְוָה בַּת שְׁנוֹת אַלְפַּיִם」 「私たちの希望はまだ失われていない、二千年の希望は」 קָוָהカヴァ「集まること、希望すること」
I1948年「一日で生まれた国」 イザヤ書66章8節の成就 「だれが、このような事を聞いたであろうか。一つの国は一日のうちに生まれるだろうか(הֲיוּחַל־אֶרֶץ בְּיוֹם אֶחָד)。一つの国民は一瞬のうちに生み出されるだろうか。ところが、シオンは産みの苦しみをするやいなや、子らを産んだのだ」
1948年5月14日文字通り「一日で」約1900年間存在しなかった国家が誕生しました。人類史上、前例のない出来事です。 創世記1:9に既に預言されていた、神の永遠の計画の成就です。
チャレンジ③全世界に散らされたイスラエルの民の望みは何だったでしょう。 カナンの地、イスラエルを建国することです。イスラエルに住んでエルサレムの神殿で礼拝することです。
アリヤー(עֲלִיָּה)帰還 עֲלִיָּה(アリヤー)=עָלָה(アラー、上る) 詩篇122:4「そこに、多くの部族、主の部族が上って来る(עָלוּ שְׁבָטִים)」 エルサレムの都上りの歌です
そこには多くの部族主の部族が上って来る。イスラエルである証しとして主の御名に感謝するために。 詩篇 122篇4節
1948年以降の主要なアリヤー 建国直後(1948-1951)70万人以上 ソ連崩壊後(1990年代)100万人以上 エチオピア(オペレーション・モーセ/ソロモン)数万人 など 「天の下」のあらゆる地域から―創世記1:9の文字通りの成就です。
エゼキエル37章イスラエルの霊的復活 三段階の復活 第一段階 骨と骨が集まる(37:7-8a) 「骨と骨とが互いにつながった。見よ、それらの上に筋がつき、肉が生じ、皮膚がその上をすっかりおおった」 1948年の建国、国家機構の確立(完了)
第二段階 まだ息がない(37:8b) 「しかし、その中に息はなかった」(וְרוּחַ אֵין בָּהֶם) 国家建設、発展(進行中)
第三段階 霊が入る(37:9-10) 「息がこれらの者に入った」(וַתָּבוֹא בָהֶם הָרוּחַ)。そして彼らは生き返り、自分の足で立った」 霊的覚醒、メシアであるイエスを受け入れる(未完了)
(37:11-14) 「見よ。わたしはあなたがたの墓を開き、あなたがたをその墓から引き上げ、イスラエルの地へ連れて行く(וְהַעֲלֵיתִי אֶתְכֶם אֶל־אַדְמַת יִשְׂרָאֵל)。わたしがまた、わたしの霊をあなたがたのうちに入れると、あなたがたは生き返る」
二つの杖の統一(37:15-22) 「見よ。わたしは彼らを一つの国(לְגוֹי אֶחָד)とし、この地(בָּאָרֶץ)、イスラエルの山々で、彼らはみな、一人の王の支配の下にある(וּמֶלֶךְ אֶחָד יִהְיֶה לְכֻלָּם לְמֶלֶךְ)」
世界中から来たユダヤ人が「一つの国」「一つの所」として集められています。 גוֹי אֶחָד(ゴイ・エハッド、一つの国)と言うのは、異邦人と一つとなってと言う意味です。מָקוֹם אֶחָד(マコーム・エハッド、一つの所)エルサレムで、イスラエルと異邦人が一つとなって、一人の王であるイエスの支配の下で礼拝をささげると言う預言です。
今は、その第3段階に入っています。
チャレンジ④イスラエルでまだ成就していない預言は何でしょう。 イスラエルの民がイエスさまを救い主メシヤとして信じて受け入れることです。
神は仰せられた。「地は植物を、種のできる草や、種の入った実を結ぶ果樹を、種類ごとに地の上に芽生えさせよ。」すると、そのようになった。地は植物を、すなわち、種のできる草を種類ごとに、また種の入った実を結ぶ木を種類ごとに生じさせた。神はそれを良しと見られた。夕があり、朝があった。第三日。 創世記 1章11~13節
詳しくは、来週に後編で解き明かします。
黙示録の第三の封印、ラッパ、鉢と、審判と希望
第三の封印 地の産物(黙示録6:5-6) 「第三の封印を解いた時…『小麦一コイニクスが一デナリ。大麦三コイニクスが一デナリ。オリーブ油とぶどう酒を損なってはいけない』」
地(אֶרֶץ)の産物をめぐる審判 創世記1章で地が植物を生み出したことと対照的に、黙示録では産物の欠乏。 しかし「オリーブ油とぶどう酒を損なってはいけない」審判の中にある憐れみ。
第三のラッパ 水の苦さ(黙示録8:10-11) 「第三の御使いがラッパを吹いた。すると、たいまつのように燃えている大きな星が天から落ちて来て、川々の三分の一と水の源に落ちた。この星の名は『苦よもぎ』といい、水の三分の一が苦よもぎのようになった」 創世記1:9で「天の下の水」が秩序づけられたことと対照的に、黙示録ではバビロンの大淫婦によって水が汚染されます。 出エジプト記15:22-25のマラの苦い水(מָרָה)が木によって甘くされたように、十字架の木によって、審判の水はいのちの水に変えられます。
第三の鉢 川と水の源(黙示録16:4-7) 「第三の御使いが鉢を川と水の源に傾けた。すると、それらは血になった。また私は、もろもろの水を支配する御使いがこう言うのを聞いた。『常にいまし、昔います聖なる方。あなたは正しい方です。あなたがこのようなさばきをなさったからです。彼らは聖徒たちや預言者たちの血を流しましたが、あなたは彼らに血を飲ませました。彼らは、そうされるにふさわしい者たちです。』 また私は、祭壇がこう言うのを聞いた。『しかり、主よ。全能の神よ。あなたのさばきは真実で、正しいさばきです』」
第三の鉢も水に関わります 第三のラッパでは川と水の源が苦くなる(三分の一) 第三の鉢では川と水の源が血になる(全て) 創世記1:9で水(מַיִם)が集められ、秩序が与えられたことの逆転です。 しかし重要なのは、御使いの宣言です。 「あなたは正しい方です…彼らは聖徒たちや預言者たちの血を流しました」 これは義なる審判であり、殉教者の血に対する神の応答です。 創世記1章で水が秩序づけられたのはいのちのためでしたが、黙示録では、その水をいのちに反して用いた者たちへの審判です。
新天新地 海の消滅(黙示録21:1) 「また私は、新しい天と新しい地を見た。以前の天と以前の地は過ぎ去り、もはや海もない(καὶ ἡ θάλασσα οὐκ ἔστιν ἔτι)」 創世記1章で神が地と海を分離されたように、黙示録では海が完全に除去されます。 イザヤ11:9の成就 「主を知ることが、海をおおう水のように、地を満たすからである」 地(אֶרֶץ)が海(יַמִּים)を吸収し、すべてが聖なる地となると言う預言です。
まだ完成していない預言 第三段階 ゼカリヤ書12章10節 メシアであるイエスを受け入れる 「わたしは、ダビデの家とエルサレムの住民の上に、恵みと哀願の霊を注ぐ。彼らは、自分たちが突き刺した者、わたしを仰ぎ見、ひとり子を失って嘆くように、その者のために嘆く」
イスラエルの民がイエシュア(יֵשׁוּעַ、イエス)をメシアとして認識する日です。 これが霊的覚醒、エゼキエル37章の第三段階です。
ローマ書11章25-26節 全イスラエルの救い 「イスラエル人の一部が頑なになったのは異邦人の満ちる時が来るまでであり、こうしてイスラエルはみな救われる。 『救い出す者がシオンから来て、ヤコブから不敬虔を取り払う』」 全イスラエルの救い、物理的帰還の後に来る、霊的帰還です。
第三日の復活 最終的希望 ホセア6:2 「主は二日の後、私たちを生き返らせ、三日目に私たちを立ち上がらせてくださる」 イエスの復活(マタイ12:40、ルカ24:46)は、第三日死の混沌(水)から、復活のいのち(地)へ。 Iコリント15:20-23 「キリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました」 創世記1:11で、第三日に地が植物を芽生えさせたように、キリストは復活の初穂として新しい創造を始められます。
希望(ティクヴァ)の三重の成就 創世記1章9節の「יִקָּווּ הַמַּיִם אֶל־מָקוֹם אֶחָד」(水よ、一つの所に集まれ)は、三つのレベルで成就します
- 創造の成就(物理的) 天の下の水が海に集められ、地が現れた(カナンへの道が開かれた)のです。
- イスラエルの回復(歴史的・預言的) 諸国民という「海」の中に散らされたイスラエルが、エレツ・イスラエルという「一つの所」に集められ、1948年に建国し、この預言は成就します。しかし、まだ完成していません。霊的な覚醒(未来―ゼカリヤ12:10、ローマ11:26)がなされていません。
- 終末的完成(霊的・普遍的) すべての贖われた者が、新しいエルサレムという「一つの所」に集められ、もはや海もない(黙示録21:1)状態にまで完成すると言うのが聖書の預言です。
קָוָה(カヴァ)「集まる」ことと「望み」こと
2000年間、ユダヤ民族は望みし続けました。その希望をティクヴァ(תִּקְוָה)と呼びました。1948年、神はその希望を現実にされました。「天の下」のあらゆる地から、「一つの所」エルサレムへです。しかし、これは終わりではなく、始まりです。
第三の封印と第三のラッパと第三の鉢によるさばきを通らなければなりません。メシヤである主イエスが再臨されて、完結します。新しい天と新しい地、新しいエルサレム、キリストの花嫁の登場です。その時、汚染されたバビロンの大淫婦と獣の影響を受けた海が消滅し地に完全な勝利がもたらされるのです。
審判の中にも、希望があります 私たちは告白告白します 「עוֹד לֹא אָבְדָה תִּקְוָתֵנוּ」 「私たちの希望はまだ失われていない」「希望は失望に終わらない」のです。 なぜなら、私たちの希望は、第三日によみがえられた主イエス・キリストだからです。 主を待ち望む者は新しく力を得る(イザヤ40:31קוֹיֵ יְהוָה)のです。

