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「四日目の奥義」後編
大患難期を通る教会
創世記第四日と黙示録の第四の封印・ラッパ・鉢
大患難期後携挙説の聖書的基礎
携挙と再臨は同時の一つの出来事
「それらの日の苦難スリプセツ(θλῖψις - thlipsis)に続いてすぐに、太陽は暗くなり、月は光を放たず、星は天から落ち、天の万象は揺り動かされます。そのとき、人の子のしるしが天に現れます。そのとき、地のすべての部族は胸をたたいて悲しみ、人の子が天の雲のうちに、偉大な力と栄光とともに来るのを見るのです。人の子は大きなラッパの響きとともに、御使いたちを遣わします。すると御使いたちは、天の果てから果てまで、四方からその選ばれた者たちを集めます。」
1. それらの日の「苦難」大患難期スリプセツ(θλῖψις - thlipsis)
語根スリボー(θλίβω-thlibō)「ぶどう踏み」と言う意味です。
「エドムから来るこの方はだれだろう。ボツラから深紅の衣を着て来る方は。その装いには威光があり、大いなる力をもって進んで来る。」「わたしは正義をもって語り、救いをもたらす大いなる者。」
「なぜ、あなたの装いは赤く、衣はぶどう踏みをする者のようなのですか。」
「わたしはひとりでぶどう踏みをした。諸国の民のうちで、事をともにする者はだれもいなかった。わたしは怒って彼らを踏み、憤って彼らを踏みにじった。彼らの血の滴りはわたしの衣にはねかかり、わたしの装いをすっかり汚してしまった。
復讐の日がわたしの心のうちにあり、わたしの贖いの年が来たからだ。
見回しても、助ける者はだれもなく、支える者がだれもいないことに啞然とした。それで、わたしの腕がわたしの救いとなり、わたしの憤り、それがわたしの支えとなった。
わたしは怒って諸国の民を踏みつけ、わたしの憤りをもって彼らを酔わせ、彼らの血の滴りを地に流れさせた。」
イザヤ書 63章1~6節
スリプセツ(θλῖψις - thlipsis)「ぶどうを踏む」とは、最終的には「神の怒りのぶどう酒(裁き)」と深く結びついており、大患難期後携挙説においては、「教会が苦難を通るが、神の最終的な怒りそのものからは守られる」と解釈することが出来ます。
つまり大患難期とは、教会と世界が霊的に圧搾され、真実の信仰が露わにされる時代です。
御使いは地上に鎌を投げて、地のぶどうを刈り集め、神の憤りの大きな踏み場に投げ入れた。
都の外にあるその踏み場でぶどうが踏まれた。すると、血がその踏み場から流れ出て、馬のくつわの高さに届くほどになり、千六百スタディオンに広がった。
ヨハネの黙示録 14章19~20節
「神の激しい怒りの大きな酒ぶねに投げ込まれた。」
この方の口からは、諸国の民を打つために鋭い剣が出ていた。鉄の杖で彼らを牧するのは、この方である。また、全能者なる神の激しい憤りのぶどうの踏み場を踏まれるのは、この方である。
ヨハネの黙示録 19章15節
「全能者なる神の激しい怒りのぶどう酒の酒ぶねを踏まれる。」
ここでは明確に、スリプセツ(θλῖψις - thlipsis)「ぶどう酒、酒ぶね、踏む」と、すべてが神の怒りの裁きと結びついています。
圧搾されるのは、神に敵対する者たち、大バビロンの大淫婦、反キリストとその軍隊、神を拒んだ諸国民です。
2. 天体の異変
イエスの福音、十字架と復活と再臨が宣べ伝えられなくなる。教会の霊性が暗くなる。聖徒たちが堕落する。すなわち「天の万象」ツェバーצבא(天の軍隊)花嫁なる教会の軍隊のこと。教会が揺り動かされる時代が来ると言うことです。
こうして天と地とその万象が完成した。וַיְכֻלּוּ הַשָּׁמַיִם וְהָאָרֶץ וְכָל־צְבָאָם
創世記 2章1節
神の安息、イエスの再臨の前に「天と地の軍勢」が、完成した「花嫁となった」。花婿なるイエスの花嫁が整います。
3. キリストの来臨
七日目の完全な安息、千年王国が来て、7000年で完成です。
その日の前に
4. 選ばれた者たちが集められる(携挙)
Iテサロニケ4:16-17とマタイ24:31の一致
「主ご自身が、号令と御使いのかしらの声と神のラッパの響きとともに、天から下って来られます。そしてまず、キリストにある死者がよみがえり、それから、生き残っている私たちが、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられ、空中で主と会うのです。」
Iテサロニケ4:16-17
「人の子は大きなラッパの響きとともに、御使いたちを遣わします。すると御使いたちは、天の果てから果てまで、四方からその選ばれた者たちを集めます。」
マタイ24:31
「ラッパの響き」「主の来臨」「選ばれた者が集められる」大患難の後、これらは同じ時の出来事を描写されてています。
Ⅱテサロニケ2:1-4の決定的証拠
「さて兄弟たち、私たちの主イエス・キリストの来臨と、私たちが主のもとに集められることについて、お願いすることがあります。霊によってであれ、ことばによってであれ、手紙によってであれ、主の日がすでに来たかのように言われても、すぐに落ち着きを失ったり、心を騒がせたりしないでください。だれにも、どのようにも、だまされてはいけません。まず背教が起こり、不法の者、すなわち滅びの子が現れなければ、主の日は来ないのです。彼は、すべて神と呼ばれるもの、礼拝されるものに対抗して自分を高く上げ、ついには神の宮に座り、自分が神であると宣言します。」
- 「主の日」の前に特定の出来事が必要
- 背教(ἀποστασία - apostasia)が起こる
- 不法の者(反キリスト)が現れる
- 神の宮に座る(荒らす忌むべき者 ダニエル9:27、マタイ24:15)
もし携挙が大患難期前なら、パウロは「主の日はまだ来ていない」と言う必要がないのです。なぜなら、教会はすでに携挙されているはずだからです。しかしパウロは「だまされるな」と警告しています。まず背教が起こり、不法の者、すなわち滅びの子が現れなければ、主の日は来ないのです。
黙示録13:7, 10の教会への言及
「獣は、聖徒たちに戦いを挑んで打ち勝つことが許された。また、あらゆる部族、民族、言語、国民を支配する権威が与えられた…聖徒たちの忍耐と信仰が必要である。」
「聖徒たち」(ἅγιοι - hagioi)
これは、新約聖書で教会を指す標準的用語です。
エペソ1:1、ピリピ1:1、コロサイ1:2などで用いられていて、黙示録では教会が大患難期に存在していることを示すしています。
「神の戒めを守り、イエスに対する信仰を持ち続ける聖徒たちの忍耐がここにある。」
黙示録14:12
これは明らかにキリスト者が大患難期の中にいることを意味している
第四の封印:教会が経験する死と試練
黙示録6:7-8の再読
「小羊が第四の封印を解いたとき、私は第四の生き物の声が『来なさい』と言うのを聞いた。私は見た。見よ、青ざめた馬がいた。それに乗っている者の名は『死』といい、よみがそれに従っていた。彼らには、地の四分の一を支配して、剣と飢饉と死病と地の獣によって人々を殺す権威が与えられた。」
教会が大患難期を通る理由
「しかし、だれがこの方の来られる日に耐えられよう。だれがこの方の現れるとき立っていられよう。まことに、この方は精錬する者の火、布をさらす者の灰汁のようだ。この方は銀を精錬し、これをきよめる者として座に着き、レビの子らをきよめる。彼らを金や銀のように純粋にする。」
マラキ3:2-3
「そのことで、あなたがたは大いに喜んでいます。今しばらくの間、さまざまな試練の中で、悲しまなければならないのですが、それは、あなたがたの信仰の試練が、火で精錬されてもなお朽ちていく金よりも尊く、イエス・キリストの現れのときに、称賛と栄光と誉れをもたらすことになるためです。」
Iペテロ1:6-7
大患難期の目的
- 教会の最終的聖化
- 「しみも傷もない花嫁」への完成(エペソ5:27)
- 金と銀のような純粋さをクリスチャン一人ひとりに持たせること
黙示録6:9-11(第五の封印)
「小羊が第五の封印を解いたとき、私は、神のことばと、自分たちが立てた証しのゆえに殺された人々のたましいが、祭壇の下にいるのを見た。彼らは大声で叫んで言った。『聖なる、真実な主よ。いつまでさばきを行わず、地に住む者たちに私たちの血の報復をされないのですか。』すると、彼らのひとりひとりに白い衣が与えられた。そして、彼らと同じしもべ、兄弟たちで、彼らと同じように殺されることになっている人々の数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいるようにと言い渡された。」
殉教者たちはまだ数が満ちていない。さらなる殉教者が出る。これは教会の殉教者を含むと考えられる
「また私は、多くの座を見た。それらの上に座っている者たちがいて、彼らにはさばきを行う権威が与えられていた。また私は、イエスの証しと神のことばのゆえに首をはねられた人々のたましいを見た。この人々は獣やその像を拝まず、額にも手にも獣の刻印を受けていなかった。彼らは生き返って、キリストとともに千年の間、王として治めた。」
黙示録20:4
これらは、獣の刻印を拒否した教会の殉教者のこと。つまり、教会は大患難期にいたと言うことになる
「御国のこの福音は、すべての国々の民へのあかしとして、全世界に宣べ伝えられます。それから終わりが来ます。」
マタイ24:14
誰が宣べ伝えるのか
- 教会が主要な担い手
- 144,000人のイスラエル人も(黙示録7:4-8)
- 二人の証人も(黙示録11:3-12)
そうであるが、教会の宣教が中心である
「また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれます。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われます。」
マタイ10:22
これは大患難期の教会への言葉。「最後まで耐え忍ぶ」すなわち、大患難期を通り抜けると言い意味
第四の封印における教会の経験
「地の四分の一」に教会も含まれる
剣、飢饉、死病、地の獣によって
「そのとき、人々はあなたがたを苦しみにあわせ、殺します。また、わたしの名のために、あなたがたはすべての国の人々に憎まれます」
マタイ24:9
このみことばは、黙示録13:15「獣の像を拝まない者たちを殺させた」と一致する
「刻印を持っている者以外は、だれも買うことも売ることもできないようにした」
黙示録13:17
教会は獣の支配を拒否するため、経済システムから排除され食料を買えなくなるような時代を預言しています。
感染症の世界的蔓延により(生物兵器の可能性あり)パンデミックで教会も肉体的苦難を経験して礼拝が困難になる。共に集まり礼拝できなくなる。
文字通りの野生動物かもしれないが、反キリスト政権の暴力である可能性が高い(イラク、ロシア、中国など、軍事政権や一党独裁政権による戦争や粛清で約20億人が死ぬとの予測もある)これには多くのクリスチャンが含まれる。
「同じように殺されることになっている人々の数が満ちるまで」
黙示録6:11
ヨハネ16:33の約束
「わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を持つためです。あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ちました。」
ἐν τῷ κόσμῳ θλῖψιν ἔχετε (en tō kosmō thlipsin echete)
「世にあっては患難(θλῖψις - thlipsis)(大患難と同じ語)があります」
イエスは患難からの免除を約束していない。むしろ、患難の中での平安を約束し最終的勝利を保証している
第四のラッパ:教会が見る暗黒
黙示録8:12-13の教会の視点
「第四の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、太陽の三分の一と、月の三分の一と、星の三分の一が打たれ、それらのものの三分の一は暗くなり、昼の三分の一は光を失い、夜も同じようになった。」
教会が経験する暗黒の時代
出エジプト10:21-23(エジプトの九番目の災い)
「主はモーセに言われた。『あなたの手を天に向けて伸ばし、エジプトの地の上に闇をもたらせ。闇が触れるほどにせよ。』…エジプト全土は三日間、真っ暗闇であった。三日間、だれも互いに見ることも、自分のいる場所から立つこともできなかった。しかし、イスラエルの子らが住んでいる所には光があった。」
エジプト人は暗黒の中。イスラエル人のところには光があった
世界は暗黒に包まれる。しかし教会には霊的な光がある
「わたしに従う者は、決して闇の中を歩むことがなく、いのちの光を持ちます」
ヨハネ8:12
イスラエルの光
イスラエルの光は火となり、その聖なる方は炎となる。燃え上がって、そのおどろと茨を一日のうちになめ尽くす。
イザヤ書 10章17節
「まず背教が起こり、不法の者、すなわち滅びの子が現れなければ、主の日は来ないのです。」
IIテサロニケ2:3-4
ἀποστασία (apostasia) 背教、離反
不法の者、すなわち、滅びの子、偽教師の増大(IIペテロ2:1-3)する。その結果。名目上のクリスチャンが信仰を捨て、真理からの離反し始める。それから、大患難時代に入る。そして、主の日が来る
「そのとき、多くの人がつまずき、互いに裏切り、憎み合います。また、偽預言者が大勢現れて、多くの人を惑わします。不法がはびこるので、多くの人の愛が冷えます。」
マタイ24:10-12
しかし真の教会は
「しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われます」
マタイ24:13
「あなたがたは世の光です…人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようになるためです」
マタイ5:14-16
暗黒が深まるほど、光は際立つ
「起きよ、光を放て。あなたの光が来て、主の栄光があなたの上に輝いているからだ。見よ、闇が地をおおい、暗闇が諸国の民をおおっている。しかし、あなたの上には主が輝き、主の栄光があなたの上に現れる。」
イザヤ60:1-2
「あなたがたに言いますが、神は速やかに彼らのために正しいさばきを行ってくださいます。しかし、人の子が来るとき、はたして地上に信仰が見られるでしょうか。」
ルカ18:8
イエスの問い
「信仰が見られるでしょうか」これは疑問であり警告。多くの者が信仰を失う危険性を示す
しかし真の信者は
「私たちは、臆して滅びる者ではなく、信じて、いのちを保つ者です。」
ヘブル10:39
「信仰は、望んでいることを保証し、目に見えないものを確信させるものです。」
ヘブル11:1
黙示録8:13の「三つの災い」
「私は見た。また、一羽の鷲が中天を飛びながら、大声でこう言うのを聞いた。『わざわいが来る。わざわいが、わざわいが来る。地に住む者々に。あと三人の御使いが吹こうとしているラッパの響きのゆえに。』」
「地に住む者々」(τοὺς κατοικοῦντας ἐπὶ τῆς γῆς)
主に不信者を指す。しかし教会も地上に住んでいる。教会は影響を受けないわけではない
不信者は神の怒りを受けるが、信者は精錬と試練を受けるが、最終的には守られる
黙示録3:10の正しい理解
「あなたが忍耐について私のことばを守ったので、私もまた、地上に住む者たちを試みるために全世界に来ようとしている試練の時にあって、あなたを守ろう。」
τηρήσω σε ἐκ τῆς ὥρας τοῦ πειρασμοῦ (te̅re̅sō se ek te̅s hōras tou peirasmou)
ἐκ (ek) の意味
「~から守る」
「わたしがお願いすることは、あなたが彼らをこの世から取り去ることではなく、悪い者から守ってくださることです。」
ヨハネ17:15
試練の中にいながら守られると言うこと
出エジプト記の型
イスラエルはエジプトにいた。しかし災いから守られた(過越の血)。十の災いを目撃したが、害を受けなかった
第四の鉢:教会が耐える最後の試練
黙示録16:8-9の文脈
「第四の御使いが鉢を太陽に向けて注ぐと、太陽は火で人々を焼き尽くすことを許された。人々は激しい炎熱で焼かれた。そして、これらの災害を支配する権威を持つ神の御名を冒涜し、悔い改めて神に栄光を帰することをしなかった。」
二つの反応の対比
「神の御名を冒涜し、悔い改めて神に栄光を帰することをしなかった」
- パロの心の頑なさ(出エジプト7-12章)
- ローマ1:21「神を知っていながら、神を神としてあがめず、感謝もせず」
- 黙示録16:11「彼らは激しい痛みとはれものとのゆえに天の神を冒涜し、自分の行いを悔い改めなかった」
ダニエル3章の三人の若者の型
「もし、そうでなくても、王よ、ご承知ください。私たちはあなたの神々に仕えず、あなたが立てた金の像を拝むこともしません。」
ダニエル3:18
火の燃える炉に投げ込まれる。しかし神が守られる
「第四の者」(御子の姿のような者)がともにいる(ダニエル3:25)
「神の戒めを守り、イエスに対する信仰を持ち続ける聖徒たちの忍耐がここにある。」
黙示録14:12
「兄弟たち。苦難と忍耐については、主の名によって語った預言者たちを模範にしなさい。見なさい。耐え忍んだ人たちは幸いであると、私たちは思います。あなたがたは、ヨブの忍耐のことを聞いています。また、主が彼になさったことの結末を見ました。主は慈愛に富み、あわれみに満ちておられる方だということです。」
ヤコブ5:10-11
教会への特別な保護
「この後、私は見た。四人の御使いが地の四隅に立ち、地の四方の風を堅く押さえて、地にも海にも、どんな木にも風が吹かないようにしていた。また私は、もう一人の御使いが、生ける神の印を持って、太陽の昇る方から上って来るのを見た。彼は、地と海を害する権威を与えられた四人の御使いに、大声で叫んで言った。『私たちが神のしもべたちの額に印を押すまで、地も海も木も害してはいけない。』」
神の印(σφραγῖς - sphragis)
- エペソ1:13「約束の聖霊によって証印を押された」
- エペソ4:30「神の聖霊を悲しませてはいけません。あなたがたは、贖いの日のために、聖霊によって証印を押されているのです」
この印の意味
- 所有のしるし(神のもの)
- 保護のしるし(害から守られる)
- 真正性のしるし(本物の信者)
「あなたがたのいる家々の鴨居にある血は、あなたがたのためのしるしとなる。わたしはその血を見て、あなたがたのところを過ぎ越す。わたしがエジプトの地を打つとき、滅ぼす者のわざりはあなたがたには下らない。」
「いと高き方の隠れ場に住む者は、全能者の陰に宿る…あなたは災いを恐れない。疫病もあなたの天幕に近づかない…主はあなたのために、御使いたちに命じて、あなたのすべての道で、あなたを守るようにされるからだ。」
詩篇91:1, 5-6, 11
これは試練がないことを約束していない
試練の中での守りを約束している
「彼がわたしを呼び求めれば、わたしは彼に応える。わたしは苦しみのときに彼とともにいて」
詩篇91:15
最後まで耐え忍ぶ者
「しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われます。」
マタイ24:13
ὁ δὲ ὑπομείνας εἰς τέλος οὗτος σωθήσεται (ho de hypomeinas eis telos houtos sōthe̅setai)
「最後まで」(εἰς τέλος - eis telos)
- 大患難期の終わりまで
- キリストの再臨まで
- 死または携挙まで
この忍耐は
- 単なる人間の力ではない
- 神の恵みによる(Iコリント10:13)
- 聖霊の助けによる(ローマ8:26)
「あなたがたが神のみこころを行って、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。『もうしばらくすれば、来るべき方が来られる。遅れることはない。わたしの義人は信仰によって生きる。もし、恐れ退くなら、わたしの心は彼を喜ばない。』私たちは、臆して滅びる者ではなく、信じて、いのちを保つ者です。」
ヘブル10:36-39
大患難期における教会の役割
① 証しの光となる
「あなたがたは世の光です。山の上にある町は隠れることができません。また、明かりをともして升の下に置いたりはしません。燭台の上に置きます。そうすれば、家にいるすべての人を照らします。このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせなさい。人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようになるためです。」
マタイ5:14-16
暗黒が深まるほど、光は際立つ
「見よ、闇が地をおおい、暗闇が諸国の民をおおっている。しかし、あなたの上には主が輝き、主の栄光があなたの上に現れる。」
イザヤ60:2
「思慮深い人々は大空の輝きのように輝き、多くの者を義に導いた者は、世々限りなく、星のように輝く。」
ダニエル12:3
② 福音を宣べ伝える
「御国のこの福音は、すべての国々の民へのあかしとして、全世界に宣べ伝えられます。それから終わりが来ます。」
マタイ24:14
大患難期における宣教
- 144,000人のイスラエル人(黙示録7:4-8)
- 二人の証人(黙示録11:3-12)
- 全世界に散らばった教会
「また私は、もう一人の御使いが中天を飛ぶのを見た。彼は、地に住む人々、すなわち、あらゆる国民、部族、言語、民族に宣べ伝えるために、永遠の福音を携えていた。」
黙示録14:6-7
③ 獣の刻印を拒否する
「また、獣は、すべての者に、すなわち、小さい者にも大きい者にも、富んでいる者にも貧しい者にも、自由人にも奴隷にも、その右の手あるいは額に刻印を受けさせた。また、その刻印を持っている者以外は、だれも買うことも売ることもできないようにした。」
黙示録13:16-17
「また、ほかの第三の御使いも彼らに続いてやって来て、大声で言った。『もし、だれでも獣とその像を拝み、自分の額か手に刻印を受けるなら、その者は、神の怒りのぶどう酒を飲むことになる。それは、神の怒りの杯の中に混ぜ物なしに注がれたぶどう酒である。その者は、聖なる御使いたちと小羊の前で、火と硫黄によって苦しめられる…ここに、神の戒めを守り、イエスに対する信仰を持ち続ける聖徒たちの忍耐がある。』」
黙示録14:9-12
教会の選択
- 獣の刻印を受ける → 経済的生存、しかし永遠の滅び
- 獣の刻印を拒否 → 殉教の可能性、しかし永遠のいのち
「また私は、多くの座を見た。それらの上に座っている者たちがいて、彼らにはさばきを行う権威が与えられていた。また私は、イエスの証しと神のことばのゆえに首をはねられた人々のたましいを見た。この人々は獣やその像を拝まず、額にも手にも獣の刻印を受けていなかった。彼らは生き返って、キリストとともに千年の間、王として治めた。」
黙示録20:4

