2024・9・22 主日礼拝メッセージ 終末に対する心構え⑦ 「第五の御使いのラッパ」後編 律法主義の霊、奴隷の霊、マインドコントロールの霊
その煙の中からいなごが地上に出て来た。それらには、地のサソリが持っているような力が与えられた。 そして彼らは、地の草やどんな青草、どんな木にも害を加えてはならないが、額に神の印を持たない人たちには加えてよい、と言い渡された。その人たちを殺すことは許されなかったが、五か月間苦しめることは許された。彼らの苦痛は、サソリが人を刺したときの苦痛のようだった。その期間、人々は死を探し求めるが、決して見出すことはない。死ぬことを切に願うが、死は彼らから逃げて行く。いなごたちの姿は、出陣の用意が整った馬に似ていた。頭には金の冠のようなものをかぶり、顔は人間の顔のようであった。また、女の髪のような毛があり、歯は獅子の歯のようであった。また、鉄の胸当てのような胸当てを着け、その羽の音は、馬に引かれた多くの戦車が戦いに急ぐときの音のようであった。彼らはサソリのような尾と針を持っていて、その尾には、五か月間、人々に害を加える力があった。いなごたちは、底知れぬ所の使いを王としている。その名はヘブル語でアバドン、ギリシア語でアポリュオンという。第一のわざわいは過ぎ去った。見よ、この後、なお二つのわざわいが来る。 ヨハネの黙示録 9章3~12節
「底知れぬ所」(サタン、ルシファーの王座がある所)に通じる穴から立ち上る、サタンの臨在である煙から「いなご」が地上に出てきます。 「いなご」とはギリシャ語でアクリースἀκρίςと言います。語根はアクロスἄκρον「最も遠い所、天と地の境界、終わり、先端の」と言う意味です。
人の子は大きなラッパの響きとともに御使いたちを遣わします。すると御使いたちは、天の果てから果てまで四方から、人の子が選んだ者たちを集めます。 マタイの福音書 24章31節
天の「果てから果てまで」がアクロスἄκρονからアクロスἄκρονまで「天の終わりから終わりまで、先端から終わりまで」と言う意味です。いなごの軍隊の勢力の大きさを感じさせることばです。
さらに、その語根はアクメンἀκμήνは「クライマックス、頂点、ポイント」と言う意味でアクメの起源となりました。
イエスは言われた。「あなたがたも、まだ分からないのですか。 マタイの福音書 15章16節
「まだ」がアクメンἀκμήνです。イエスさまは、この譬えの「ポイント」が分からないのですかと言っているのです。
この「いなごたち」アクリースἀκρίςは、サタンがこの地上に解き放つ「最終兵器」である悪霊たちのことです。サタンの臨在とその支配が頂点に達して、私たちの、最も重要な極地、ポイントである「主の臨在」「イエスさまの十字架」と言うクライマックスを食い尽くそうとすると言う預言です。信仰の絶頂が奪われると言うことです。
いなごは、農作物が収穫のクライマックス、絶頂期に、全てを食い尽くすために大軍で地を襲います。
噛みいなごが残した物は、いなごが食い、いなごが残した物は、バッタが食い、バッタが残した物は、その若虫が食った。 ヨエル書 1章4節
いなごには王はいないが、みな隊を組んで出陣する。 箴言 30章27節
普通、いなごには王はいません。しかし、このいなごの軍隊にはアバドンאבדוןと言う王がいるのです。
アバドンאבדוןの正体については次回に解き明かします。
この「いなごたち」には「サソリの力」が与えられます。それは「毒」のことです。 「サソリ」スコルピオスσκορπίος は、ヘブライ語ではアクロブעקרבで「苦痛を与える象徴」として用いられています。
サソリの毒を持ついなごたち、悪霊の王、頭であるルシファーに遣わされたいなごたちである悪霊たちの放つ「毒」により苦しめられるのです。いなごたち悪霊はどんな「毒」を放つのでしょう。 それは「教会から真理のみことばを取り去る」と言う「毒」です。隠されてきる「神の奥義」である十字架を取り去るのが、敵が撒く「毒」なのです。
イエスは、ご自分を信じたユダヤ人たちに言われた。「あなたがたは、わたしのことばにとどまるなら、本当にわたしの弟子です。 あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。」 ヨハネの福音書 8章31~32節
この時、イエスさまは、これから行かれる十字架の道について話されていたのです。十字架こそ、真理であり、神さまが私たちを子として愛しておられると言うFACT事実なのです。十字架こそ「神の奥義」です。
「地の草やどんな青草、どんな木」には、その「毒」の害は加えられません。これは「みことばがうちに刻み込まれた人々」のことです。「額に神の印を持たない人たち」には「毒」の害が加えられるとこが主によって許されます。「みことばがうちに刻み込まれていない人々」のことです。
これからは、だれも私を煩わせないようにしてください。私は、この身にイエスの焼き印を帯びているのですから。 ガラテヤ人への手紙 6章17節
この身にイエスの焼き印を帯びていなければどうなるでしょう。
また獣は、すべての者に、すなわち、小さい者にも大きい者にも、富んでいる者にも貧しい者にも、自由人にも奴隷にも、その右の手あるいは額に刻印を受けさせた。また、その刻印を持っている者以外は、だれも物を売り買いできないようにした。刻印とは、あの獣の名、またはその名が表す数字である。ここに、知恵が必要である。思慮ある者はその獣の数字を数えなさい。それは人間を表す数字であるから。その数字は六百六十六である。 ヨハネの黙示録 13章16~18節
額に獣の刻印を受けてしまうのです。
サタンの支配は「生かさず、殺さず」です。中途半端な状態にしておくのがサタンの目的です。 「五ヶ月間」とは、期間のことではなく「律法主義者たち」のことを指していると思われます。 信仰者たちを、真理の御霊による自由ではなくて、「律法」と言う人間の教え、神学により束縛するのです。真理があなたがたを自由にするのではなく、みことばによりマインドコントロールしようとするのです。これは「カルト」の霊、宗教の霊です。
その支配の中では、自由がなく、人々は死を探し求めるが、決して見出すことはない。死ぬことを切に願うが、死は彼らから逃げて行くのです。信仰を持っていると言いながら、不健全な生活を続けるため、精神的に病み、自殺願望者が増えると言う預言です。しかし、死ぬことも許されず、地上で生き地獄を味わうようになるとの預言です。よく覚えてください。悪魔の目的は、殺すことではなく「生かさず、殺さず」です。信じてはいるが、ささげたくはない、と言う中途半端なグレーゾーンに甘んじさせると言うことです。生ぬるい信仰です。
終わりの時代の教会に対するイエスさまのみことばです。
また、ラオディキアにある教会の御使いに書き送れ。『アーメンである方、確かで真実な証人、神による創造の源である方がこう言われる──。 わたしはあなたの行いを知っている。あなたは冷たくもなく、熱くもない。むしろ、冷たいか熱いかであってほしい。 そのように、あなたは生ぬるく、熱くも冷たくもないので、わたしは口からあなたを吐き出す。 あなたは、自分は富んでいる、豊かになった、足りないものは何もないと言っているが、実はみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸であることが分かっていない。 ヨハネの黙示録 3章14~17節
「彼らの苦痛は、サソリが人を刺したときの苦痛のようだった」と預言されています。 この「苦痛」とは、バサニゾーβασανίζωと言いますが、「拷問」のことです。
金持ちが、よみで苦しみながら目を上げると、遠くにアブラハムと、その懐にいるラザロが見えた。 ルカの福音書 16章23節
「よみで苦しみながら」 ハデスᾅδηςの苦しみバサノスβάσανος拷問と言う意味です。「ハデスの拷問」です。
律法は私たちを罪に定めます。罪人は、この「よみの苦しみ」「ハデスの拷問」から誰も逃れることが出来ません。
なぜなら、人はだれも、律法を行うことによっては神の前に義と認められないからです。律法を通して生じるのは罪の意識です。 ローマ人への手紙 3章20節
サタンの支配は「律法主義」により、私たちを罪に定めることです。イエスさまは、私たちを罪に定めることはありません。
イエスは身を起こして、彼女に言われた。「女の人よ、彼らはどこにいますか。だれもあなたにさばきを下さなかったのですか。」 彼女は言った。「はい、主よ。だれも。」イエスは言われた。「わたしもあなたにさばきを下さない。行きなさい。これからは、決して罪を犯してはなりません。」〕 ヨハネの福音書 8章10~11節
イエスさまは罪を赦すために来られました。
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。 御子を信じる者はさばかれない。信じない者はすでにさばかれている。神のひとり子の名を信じなかったからである。 そのさばきとは、光が世に来ているのに、自分の行いが悪いために、人々が光よりも闇を愛したことである。 ヨハネの福音書 3章16~19節
私たちが、光よりも闇を愛するようにする力が、悪霊の働きです。
サタンが私たちを罪に定め、死によって支配するのです。恐れの霊です。
あなたがたは、人を再び恐怖に陥れる、奴隷の霊を受けたのではなく、子とする御霊を受けたのです。この御霊によって、私たちは「アバ、父」と叫びます。 ローマ人への手紙 8章15節
終末に対する心構え⑦は、律法主義の霊、奴隷の霊、マインドコントロールの霊、恐怖信仰の霊に気をつけることです。
終末の時代の教会に対するイエスさまの戒めをまとめてみると。
黙示録の七つの教会に語れてるイエスさまのみことばを抜粋して見ましょう。
わたしは、あなたの行い、あなたの労苦と忍耐を知っている。また、あなたが悪者たちに我慢がならず、使徒と自称しているが実はそうでない者たちを試して、彼らを偽り者だと見抜いたことも知っている。 ヨハネの黙示録 2章2節
しかし、あなたにはこのことがある。あなたはニコライ派の人々の行いを憎んでいる。わたしもそれを憎んでいる。 ヨハネの黙示録 2章6節
わたしは、あなたの苦難と貧しさを知っている。だが、あなたは富んでいるのだ。ユダヤ人だと自称しているが実はそうでない者たち、サタンの会衆である者たちから、ののしられていることも、わたしは知っている。 ヨハネの黙示録 2章9節
けれども、あなたには少しばかり責めるべきことがある。あなたのところに、バラムの教えを頑なに守る者たちがいる。バラムはバラクに教えて、偶像に献げたいけにえをイスラエルの子らが食べ、淫らなことを行うように、彼らの前につまずきを置かせた。 同じように、あなたのところにもニコライ派の教えを頑なに守っている者たちがいる。 ヨハネの黙示録 2章14~15節
けれども、あなたには責めるべきことがある。あなたは、あの女、イゼベルをなすがままにさせている。この女は、預言者だと自称しているが、わたしのしもべたちを教えて惑わし、淫らなことを行わせ、偶像に献げた物を食べさせている。 ヨハネの黙示録 2章20節
しかし、ティアティラにいる残りの者たち、この教えを受け入れず、いわゆる「サタンの深み」を知らないあなたがたに言う。わたしはあなたがたに、ほかの重荷を負わせない。 ヨハネの黙示録 2章24節
また、サルディスにある教会の御使いに書き送れ。『神の七つの御霊と七つの星を持つ方が、こう言われる──。わたしはあなたの行いを知っている。あなたは、生きているとは名ばかりで、実は死んでいる。 ヨハネの黙示録 3章1節
見よ。サタンの会衆に属する者、すなわち、ユダヤ人だと自称しているが、実はそうではなく、噓を言っている者たちに、わたしはこうする。見よ。彼らをあなたの足もとに来させてひれ伏させ、わたしがあなたを愛していることを知らせる。 ヨハネの黙示録 3章9節
わたしはあなたの行いを知っている。あなたは冷たくもなく、熱くもない。むしろ、冷たいか熱いかであってほしい。 そのように、あなたは生ぬるく、熱くも冷たくもないので、わたしは口からあなたを吐き出す。 ヨハネの黙示録 3章15~16節
これら七つの教会を惑わす、悪霊の働きをまとめると。
①自称使徒 ②ニコライ派の教え(ヒューマニズム) ③自称ユダヤ人(律法主義者) ④イゼベルの霊(自称預言者) ⑤サタンの深みを知らせないようにする ⑥霊的な死の状態、眠らせておく ⑦生かさず、殺さず(生ぬるい信仰)
これらの全ては、律法主義の霊、奴隷の霊、マインドコントロールの霊により、教会がカルト化すると言うものです。
ラッパが吹き鳴らされるたびに、これらのことが教会に起きてくるのです。
そのことを、パウロは次のように解き明かしています。
つまり、こういうことです。相続人は、全財産の持ち主なのに、子どもであるうちは奴隷と何も変わらず、 父が定めた日までは、後見人や管理人の下にあります。 同じように私たちも、子どもであったときには、この世のもろもろの霊の下に奴隷となっていました。 しかし時が満ちて、神はご自分の御子を、女から生まれた者、律法の下にある者として遣わされました。 それは、律法の下にある者を贖い出すためであり、私たちが子としての身分を受けるためでした。 そして、あなたがたが子であるので、神は「アバ、父よ」と叫ぶ御子の御霊を、私たちの心に遣わされました。 ですから、あなたはもはや奴隷ではなく、子です。子であれば、神による相続人です。 ガラテヤ人への手紙 4章1~7節
「この世のもろもろの霊の下に奴隷となる」これが、悪霊の働きです。クリスチャンを律法主義で縛り、その信仰を「生かさず、殺さず」の状態にして、マインドコントロールするのです。
しかし、イエスさまは、律法の下にある者を贖い出すため、私たちが子としての身分を受けるため肉を持って来られ、十字架につかれ、肉に死なれました。それは、私たちが「アバ、父よ」と叫ぶ御子の御霊を受けるためです。
ハレルヤ。私たちはもはや奴隷ではなく、神の子どもです。イエスさまの十字架により、全ての罪を赦されて、神の国を相続することが出来ることを心から感謝します。
さて、七十二人が喜んで帰って来て言った。「主よ。あなたの御名を用いると、悪霊どもでさえ私たちに服従します。」 イエスは彼らに言われた。「サタンが稲妻のように天から落ちるのを、わたしは見ました。 確かにわたしはあなたがたに、蛇やサソリを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を授けました。ですから、あなたがたに害を加えるものは何一つありません。 しかし、霊どもがあなたがたに服従することを喜ぶのではなく、あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい。」 ルカの福音書 10章17~20節
祈り
蛇やサソリを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を授けられていることを感謝します。それだけでなく、天に私の名が記されていることを感謝します。今、この地上でも天上でも、最も偉大な力あるイエスさまの御名で祈りをささげるときに、みこころにかなってすべてが聞かれることを宣言します。主イエスさま、どうぞ私たちを、律法主義の霊、奴隷の霊、マインドコントロールの霊から解放してください。教会が悪霊たちの力によりカルト化することのないように。イエスさまの御名で祈りします。 アーメン

